教室に入って「座らんかい!!」と怒鳴り、出欠を確認し、問題演習。
内職している奴の頭にげんこつをくらわしたり、早く出来上がった子には特別にマル付けしてあげたり、期間巡視しながら生徒とおしゃべりしてみたり。

すべてがあまりにも普通。
でもその「普通さ」が、今日の私にはとてつもない贅沢に思えた。

いつまでもこのままでいたかった。

演習問題の答え合わせを終えたのが、11時15分。
私は勇気をふりしぼって、最も言いたくない台詞を口にした。

「さーて、残り15分だ。そろそろ一席ぶつかねえ」

途端に教室が静まりかえった。
彼らも私と同じで、「いつもどおり」を装っていたのだ。

そう、いつもとは全然違う。
だって、みんなが神妙な顔をして、一斉に姿勢を正したんだもの。

「専任教諭になる」という夢が叶ったこの学校で、いきなり配属されたのが「過去に無いくらいの問題学年」と悪評高いこの学年。
今までの非常勤講師としての経験なんて、全く役に立たなかった。
遠慮がなくて我が儘で、教科書を開くことすら億劫がる勉強嫌いの生徒達に「言葉」を教えるのは、すごく根気の要る作業だった。
歳が近いってことが大した武器にならないことも知った。
生徒と大喧嘩する度に「なんでうまく伝わらないんだろう」と落ち込んだ。
「こんな猿の集団相手に何を教えろっていうんだ」
ってよく愚痴った。

「好き」だけでじゃどうにもならないんだ、という「現実の厳しさ」を、私は彼らから教わった。

それでも、憎めなかった。
どんなに手がかかっても、どんなにめちゃくちゃなことをやらかしても、根っこの部分では素直で可愛いってことが、だんだんと見えてきたから。


「あんた達みたいな悪ガキに3年間つきあってたせいで、私のガサツっぷりにも磨きがかかったよ。
 あーまた婚期が遠のいた」
「あんた達には散々手を焼かされたけど、そのかいあってようやく最近サルから人間に進化した、って感じだね」

いつもみたいにふざける私を、ひでえなこいつ、と苦笑して見ている生徒達。

でもね。
本当のことを言うと、1年前からあんた達はちゃんと人間だったよ。
いつの間にか自分なりに目標を立てて、ちゃんとそれを目指して走れるようになったんだもんね。
凄いよ。凄いことだよ。
目の前まで歩いていって、机の中から教科書を引っ張り出してギューギュー開いてやらなきゃならなかったような連中に、
「立教の入試問題の解説して」
って頼まれる最近の私の嬉しさ、判るかなあ。


「みんな大人になったね」

そう私から言われた時の彼らの照れくさそうな表情は、まだまだ子供のそれだったけれど。



授業の後、教員室の脇のベランダで一服していたら、廊下からバンバンガラスを叩かれた。
見ると、さっき教室に居た生徒達が十数名。
…私がこの3年間最も手を焼いた生徒達だ。

「先生、さっきの話、きたよ」
「すっげえ伝わった」
「俺ちょっと泣いたわ。先生全然気付いてなかったけど」

そりゃ勿体なかったわ、なんて笑ってたら、一番煩くてめんどくさがりだったYが真顔で言った。

「なんか先生の授業、あったかかったよ。
 すげえいろいろ怒られたけど、なんかすごく居心地がよかった」


咄嗟に言葉が出なかった。


4時間目の始まりを告げるチャイムに救われて、彼らを追い出した後、私は誰も居ないベランダでこっそり泣いた。

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